大阪

「それや無理ですよ、奥さん、騎手ってものは、朝から夜まで、派手なものにつつまれ通しでいながら、それで、夜更かしも酒も、食べるものすらも、まことサーチでいなければならんのです」「分ってるわよ」と夫人は地を出して——「分っているけれど、こん夜はいいじゃないの」「まだ、もう一競馬ありますからな」「酒は飲めない、夜更かしはいけない、女も何もなんて、そんなにびくびくしていなければならないものなら、騎手なんてやめっちまえばいいのにさ。坊さんになっても同じことだわ」「まったく、騎手生活なんて、はやくやめたいです。人気者になるほどいやなものはありますまい」「だから、この次の競馬には、負けた方がいいじゃないの」「そうも行きませんな。ははは」「やっぱり、人気者でいたいんでしょう」「だから苦しむのです。それがなければ何も」「むじゅんしているわね、この人。——いいわよ、どっちにしても、こん夜ひとばんは、きっと私につきあってくれるのだから。ね、そういう約束だったわね」「それやいいですとも」「なんだこうわの空だわね、この人は。よその奥さんを騙すようには、私は、いかないことよ。ご承知でしょうが」